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宇垣美里
アナウンサー、俳優

東京の実家

いい酒場、記憶に残る酒場ってなんだろう。各界の一流が綴る、忘れられない酒と酒場の物語。第15回はフリーアナウンサーの宇垣美里さん。


 環境によって育まれし人並外れた警戒心と持って生まれたコミュニケーション能力の裏で暗躍する人見知り、生来の生真面目さのために、私は長らく行きつけの酒場、というものを持たなかった。大学生の頃バイトしていた京料理屋さんでたくさんのお酒、特に日本酒の知識を授けてもらってあれもこれもと飲み比べに興じ、しっかり自分の好みも適切な量も把握しているはずなのに、途切れることのない緊張感が人前では私を酔わせない。顔を覚えられたようだ、と察してしまえばどうしても足が遠のいてしまう。だから、私が「山城屋酒場」と出会ったのはほぼ奇跡に近い。

 会社員時代の後輩が仕事をきっかけに足繫く通うようになった店だった。信頼する彼女が私を連れて行ってもいいと判断した、ということ自体に安心感を覚え、普段はとんと訪れることのない東京の東側へ。昭和28年に建てられたという趣のある佇まいに最初はしり込みしたものの、入ってしまえばお客さんも一丸となって醸し出されるそのほっこりと実家のような雰囲気に初手で引き込まれ、すとんと肩の力が抜けるのを感じた。

 ずらりと並ぶ短冊状のメニューはどれもこれも絶品。新鮮な刺身に大きさの割に安すぎる畳鰯、癖になるきゅうりのぬか漬けとフレンチの一皿と見まがう風味のはんぺんバター焼き。ついつい前食べた美味しかったものをまた頼んでしまうから、メニューの制覇にはまだまだ時間がかかりそう。食事はもちろん、キレの良さが類を見ないレモンサワーが私のお気に入り。日本酒の種類も豊富で、「うがちゃんこれ好きじゃないかな、飲んでみない?」ととっておきを出してくれるのが嬉しくて、温かくて。

 ああ私、本当はずっと行きつけの酒場が欲しかったんだ。ただ安心して料理の味や酒の風味を楽しめる場所が、「ひさしぶり」とここに来ればあいさつできる常連さんがいるという環境が、のびのびと振舞うことのできる関係が。「うがちゃんが出てるドラマ、みたよ」と優しく女将さんが報告してくれるのがこそばゆい。「今日くるって聞いたから」と常連さんがお土産を渡してくれるのが嬉しい。今では後輩や常連さん、女将さんと一緒に韓国旅行に行ったり、友達になった常連の子が私の家に遊びにきたりと酒場を越えた交流を結んでいるけれど、やっぱりどんなに遠くても「山城屋酒場」で集合してお酒を飲むのが一番いい。

 ここは私の東京の実家。だから気を張らずにのびのびお酒の風味を楽しめる。小上がりの畳が心地よく、聞こえてくるお客さんのおしゃべりや厨房で油の跳ねる音が優しく響く。お酒は安心できる環境で味わってこそ、美味なのだ。

宇垣美里
フリーアナウンサー

うがき・みさと/2014年にTBSに入社、アナウンサーとして数々の番組に出演。19年に退社後、現在は俳優業や雑誌での執筆活動など、フィールドを広げ活躍中。『今日もマンガを読んでいる』(文藝春秋)フォトエッセイ『風をたべる』(集英社)ほか。

*記事内には飲酒や飲料店に対する著者の個人の見解も含まれています。

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