地元の飲み屋
大橋裕之
漫画家

地元の飲み屋

いい酒場、記憶に残る酒場ってなんだろう。各界の一流が綴る、忘れられない酒と酒場の物語。第14回は漫画家の大橋裕之さん。


 僕にとって酒場は結果的に情報収集の場となっている。漫画のネタを得られるのはもちろんだが、特に地元の蒲郡で飲む時は幼い頃の曖昧な記憶や、地域に纏わる疑問を解決できることがあるのが嬉しい。

 しかし、酒場の一番の醍醐味といえば、やはりその場にいなければ交わさなかったであろう些細な会話である。


 地元の飲み屋となると、学生時代は決して接することのなかった他校のヤンキーの先輩方と顔馴染みになることがよくある。もちろん皆さん現在は真面目に働いているので優しい。

 ある日、50代後半の元ヤンキーの方と話していたら「学生服って裏地に刺繍入れるじゃん?」と当たり前のように言われた。

僕は入れようと思ったことがなかったので「どんな刺繍を入れてたんですか?」と聞くと、「みんな分かりやすく竜とか入れがちじゃん、俺はみんなと一緒が嫌だったもんで自分でデザインしてお店に持っていって刺繍入れてもらったの、エッフェル塔の周りを無数のドクロが飛び交ってる風景」と言われて僕はウーロンハイを軽く噴き出した。

今まで生きてきて想像したことのない映像が頭に広がった。心の底から今日この店に来て良かったと思えた。「その学ラン取ってないんですか?」と聞くと「あるわけないよ!」と言われた。ぜひ生で見たかった。


 また別の日、同じお店で隣に座っていた50代の女性から話しかけられた。「お兄さん漫画家らしいね、お願いがあるんだけどお酒奢るから私が飼ってた犬の絵を描いてくれん?去年亡くなって未だに悲しすぎて」と言われた。

スマホの画面にはかわいい犬の写真。「いいですよ、ジャックラッセルテリアかわいいですよね」と言うと、「え!?なんで犬種分かるの?」と驚かれた。

僕の親父が実家で飼っていることを説明すると、「え?ちょっと待って、実家どこ?この辺でジャックラッセルテリア飼っとる人少なくて、私たち夫婦が車で通りかかるといつもおじさんが散歩しとるとこに出くわして、うちの亡くなった子にそっくりだから思い出して夫婦で泣いてるの」と言われた。

場所を聞くとその夫婦がいつも目撃しているのは確実に僕の親父とメイ(犬)だった。

今度触らせてほしいと言われたので親父の許可を得ずに承諾した。犬を描くのは難しいしまず似ないので、僕としてはちょっと不本意な似顔絵になったが、絵を見せたら泣いて喜ばれたので安心した。

大橋裕之
漫画家

おおはし・ひろゆき/1980年愛知県生まれ。2005年から自費出版で活動を開始。代表作に、映画化もされた『音楽』や『ゾッキ』、その他『シティライツ』『夏の手』『太郎は水になりたかった』など。

*記事内には飲酒や飲料店に対する著者の個人の見解も含まれています。

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