唯一現存する倉俣史朗の生きた建築『COMBLÉ』のある静岡へ。

没後35年が経った今もなお、革新的で印象に残るデザインが国内外で評価されている倉俣史朗。家具やプロダクトだけでなく、空間デザインにも注力していたことで知られている。そのほとんどが時代の変遷によって無くなってしまったが、静岡市に創業当時の姿を今に伝える『COMBLÉ』というバーがある。
ずっと訪れてみたかった場所だけに、少し身構えてしまうが、着慣れたコートを羽織るとその緊張がほぐれてきた。手入れをするタイミングがない旅先では、畳んだときのしわが気になるが、〈ヘリル〉のウールリネンのコートはそうした悩みが一切ない。コットンのくしゃっとしたシワとは違った、独特のうねりが生まれ、何年も着込んできたような風合いが出る。だから、旅のときはこのアウターと決めている。


静岡駅には東京駅を出発して1時間半も経たないうちに到着した。まずは、海岸の松林越しに富士山を望むことができる「三保松原」へ。三保半島の沿岸に約5kmにわたり続く松林のことで、松原の中央付近にある「羽衣の松」は天女と地元の漁師の出会いを描いた「羽衣伝説」の舞台として知られている。



途方もなく続く松林にひとしきり耽ったら、宿泊する『日本平ホテル』へ。テラスラウンジは一面ガラス張りで、エントランスに入った瞬間富士山をはじめとする雄大な山々が出迎えてくれる。




庭を散策し、部屋に戻ると心地よい眠りに誘われた。うつらうつらしながら身支度をして、予約していた19時に『COMBLÉ』へ。「半数以上が県外からのお客さんで、中には海外からいらっしゃる方も。せっかく来てくれたのに満席で入れないなんてことがないように予約を受け付けています」とオーナーの中山昌彦さん。確実に行ける保証があるのは旅行者にはとてもありがたい。


黄色い曲線のカウンターの上に置かれていると、太陽と月を同時に見ているような幻想的な気持ちになる。

バーといえばずらりと並ぶお酒の瓶などが思い浮かぶが、ここにはそういったものはなく、あるのは倉俣史朗がデザインしたものだけ。椅子やテーブルなどの家具はオリジナルで、花瓶やランプも全て倉俣さんがデザインしたもの。「花瓶は店が再オープンした際に倉俣さんの奥さまがプレゼントしてくれました。建築がここしか残っていないので、商品の撮影もすることが多いですし、私物をいただくことも多くて自然と集まってきますね」。「オバQ」の愛称でも親しまれるKシリーズのランプやアクリルブロックのフラワーベースなど代表的なプロダクトはやっぱりこの空間によく溶け込んでいる。
お店が創業した1989年から変わらずに保っているのは倉俣さんの建築を愛し、誇りを持っている中山さんがいてこそ。しかも一人で営業している。曇りのないガラスや、艶やかな床やテーブルも中山さんの日々の手入れの賜物。「営業時間と同じくらい裏側の仕事に費やしていますね」。“満たす”という「コンブレ」の意味通り、中山さんの愛情で満たされていた。

静岡県静岡市葵区呉服町2-7 静専ビル2F
054-653-2200
19:00~24:00
日・祝・第2月休、その他不定休
Instagram
https://www.instagram.com/comble.bar/
1989年にオープンし、98年に一度閉店したが、創業時に店長をしていた中山さんが2000年に再オープン。レストランとして営業していた1年の間に内装も様変わりしたが、再度開けるにあたって、作ったときの職人を集めて当初の姿を取り戻した。倉俣さんがデザインした空間自体が残っているのは2ヶ所しかない。香港の美術館「M+」にかつて新橋にあった寿司店『きよ友』が展示されているが、現在も使われているのはここだけ。店名も倉俣さんが名付け、ロゴも手がけている。