妄想バー。

料理研究家・土井光が妄想する、日本の酒と〝アペロ〟を愉しむバー。

「もしも自分がバーを開くなら」という視点に立ったら、酒場をこよなく愛するクリエイターたちは、どんな理想像を思い描くのだろう。どんな空間に、どんなお酒を並べて、さて、おつまみはどうしよう……。実現可能性はさておき、ここでは自由に妄想を膨らませてもらう。

第1回のゲストは、料理研究家の土井光さん。料理研究家の一家に育ち、日本の家庭料理を身をもって学んできた一方で、大学卒業後は渡仏。日本とフランス双方の食文化に通じる彼女なら、一体どんなバーをつくるのだろう。

リヨンの抜け道で、日本の酒と〝アペロ〟を愉しむ。

自分が始めるなら、リヨンの地を選びたいです。フランス南東部にあるこの街は、大学卒業後の7年間を過ごし、修業を積んだ私にとって思い入れのある場所。豊かな食文化や歴史あふれる街並みも大好きで、今も定期的に行き来しています。そこに、リヨンのカルチャーと日本のエッセンスを融合させたバーをつくれたら面白そうだなと。現地の人には居心地の良さと新鮮さを感じてもらえるし、私は自分のアイデンティティである日本文化の魅力を広く伝えられる。大切な2つのカルチャーをゆるやかに繋げるような場を開いてみたいです。 まずお店を構えるのは、リヨンらしい場所がいいですね。思い浮かんだのは〝トランブール〟と呼ばれる抜け道の一角です。この街では、歴史的建造物が密集し、途中に螺旋階段や中庭を挟みながら、迷路のような通路で繋がっているんです。石造りなので音が漏れづらく、ひっそり感があるところも魅力的。名前は、日本のトランブールという意味を込めて、〈La Traboule Japonaise〉にするのはどうでしょう。

リヨンには数百カ所以上が点在し、特徴的な景観をつくっているというトランブール。その一角で、土井さんのバーは看板にひっそりと明かりを灯す。

扉を開けると、間接照明がやわらかく灯る小さな空間が広がり、大きめのカウンターが一つ。バーテンダーとの会話を愉しむ人もいれば、お客さん同士がプライベートな時間を過ごすこともできる。そんな距離感の設えが理想です。BGMには、日本のシティポップを流し、さりげなく日本らしさを演出します。そして肝心のお酒は、日本酒や焼酎を豊富に揃えたいなと。現地では遅めのディナーが主流で、バーは、レストランに行く前に立ち寄って〝アペロを愉しむ場所〟という意味合いが強いんです。酔わない程度のお酒を嗜む場所なので、ちびちび愉しめる日本のお酒とは相性抜群。飲み比べできる利き酒セットも、愉しんでもらえるのではないでしょうか。

お酒は現地では珍しいものを揃える分、おつまみにはリヨンの大定番を。セルヴェル・ド・カニュというフレッシュチーズを使ったディップ料理は出したいメニューの一つです。〝絹織物職人の脳みそ〟という、一瞬ギョッとする名前ですが(笑)、リヨンでは15、16世紀頃から絹織物が盛んで、その職人たちがこぞって足を運んだブションと呼ばれる食堂から、豊かなレストラン文化が花開いたと言われているんです。この料理も、彼らが高価だった子羊の脳みそ料理の代用品として発案したのが由来。そんなトラディショナルなメニューを、白磁の伊万里焼や、唐津焼のような民藝の器に入れて、日本的なアプローチで提供するのはどうでしょう。とはいえ治安は少々悪いので、盗まれないように注意したいです(笑)。

カウンターで差し出されるのは、徳利に入った日本酒とお猪口。リヨン名物のディップ料理は日本の民藝の器に添えて供され、さりげなく日本とリヨンの文化が混ざり合う。

バーは、レストラン以上に店主とお客さんの距離が近く、地域性が色濃く出る場所だと思っています。私自身も旅先では決まってバーに足を運び、その土地の人と会話をしたり、メニューから土地の空気を感じたりしています。だからこのバーも、日本から来る人にリヨンの魅力を伝えられる場所になればいいですね。リヨンは縁遠く感じられるかもしれませんが、歴史や文化の奥行きに満ちているすごく美しい街です。あわよくば、パリをスキップしてでも足を運びたいと思ってもらえるような(笑)、そんな発信拠点にできたらなと。常連客と旅人が自然と隣り合う酒場をいつかつくってみたいです。

土井 光
料理研究家

どい・ひかる/1991年大阪府生まれ、東京都育ち。大学卒業後に渡仏し、リヨンの料理学校、ポール・ボキューズ学院で学ぶ。三ツ星レストランや老舗菓子店での研鑽を経て帰国。現在は父・土井善晴の事務所に勤務しながら、大学や調理学校の講師や、フランスと日本文化を繋ぐイベントの企画、コラム執筆などを行う。著書に『はじめの自炊帳』(マガジンハウス)などがある。

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