八戸とトワイスアップ
くどうれいん
作家

八戸とトワイスアップ

いい酒場、記憶に残る酒場ってなんだろう。各界の一流が綴る、忘れられない酒と酒場の物語。第12回は作家のくどうれいんさん。


 お酒を何度飲んでも、その名前をろくに覚えることが出来ない。自分より詳しい人とお酒を飲みに行くことばかりだからいつもオーダーはその人に任せきりだ。ワインでも日本酒でも、注ぎながら「これはこんなお酒で」とお店の方に説明を受けた後、ラベルをこちらに向けてしばらく置いていてくれるあの時間がせっかくあるのに覚えていられない。へえ、ほお、おいしいねえ。かわいいラベルだねえと写真を撮ったりしても、それを見返して記憶して次にまた頼むことはない。

 あの人と飲んだちょっとしゅわっとする日本酒がおいしかった。あの人から一口もらったオレンジワインが不思議な味でおもしろかった。そういうお香の煙のような記憶だけが酔っぱらって膨張した記憶の中に白くたなびいて、酔いがさめると消えてしまう。こう書くと酔いのせいにしているようだけれど、車の名前も煙草の名前も駅の名前も、恋のあるなしを問わずわたしの好きな人に関するものだけは覚えていて、あとはろくに違いがわからない。

 ウイスキーがいちばんわからない。なぜならウイスキーを飲むときは大抵その前にしっかり酔っていて、最後のバーで頼むからだ。そろそろ眠たくなりそうなごきげんな酔っ払いだとわかっているからバーテンダーもわざわざ瓶を見せない。それでもひとつだけ覚えていることがある。どのウイスキーも「トワイスアップ」で飲むということだ。


 トワイスアップを覚えたのは青森は八戸のBOOKBAR 〈ANDBOOKS〉というお店である。はじめて訪れたそのお店のメニューには、ウイスキーと共に地図が載っていた。アイランズ、アイラ島、キャンベルタウン、スペイサイド、ハイランド、ローランド。ウイスキーを頼もうとするときになんとなく聞いたことのある地名が色分けされて書かれていてわかりやすい。

 店主は「大男」とまず思うようなどっしりした体にエプロンをしている。ひげを生やして一見いかついが、目が線になるような笑顔で豪快によく笑う。(斧を持たせたいな)とまず思って言わずにおく。お店にはこの店主と話したくて来ているであろう常連の同世代がたくさん来て賑わっていた。

 「ウイスキーを飲んでみたいんですが飲みかたがよくわからなくて」と店主に打ち明けてみる。「普段何飲むんです?」「日本酒が大好きです」「だば、トワイスアップだべな」と店主は笑った。じゃあ、それで。トワイスアップとは常温のウイスキーに同じ量の常温の水を入れたものだった。

 ひと口飲んでみると、これはたしかに。アルコールのきつさがまろやかになって、ウイスキーの香りがよくわかる。お水を飲みながら日本酒のような塩梅で飲み進めるのにちょうどいい。からだの内側からぽうっと光るように酔いが来る。たくさん喋って、何杯か飲んで、そこにいる人みんな好きになってしまって、八戸が大好きになった夜だった。

 「トワイスアップで」とウイスキーを頼むと、隣にいる人は「おお」と通ぶったわたしに驚いたりもするけれど、こころのなかではいつも(だば、トワイスアップだべな)と思っている。

くどうれいん
作家

1994年岩手県生まれ。エッセイ、小説、絵本、短歌まで幅広く手がける。著書にエッセイ集『うたうおばけ』『湯気を食べる』、小説『氷柱の声』『スノードームの捨てかた』、絵本『まきさんのソフトクリーム』など。

*記事内には飲酒や飲料店に対する著者の個人の見解も含まれています。

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