“Vitality shows in not only the ability to persist but the ability to start over.”「精神力とは、物事をやり抜く力だけでなく、物事をやり直す能力にも示されるものだ」。『華麗なるギャツビー』の著者として知られるアメリカ人作家、スコット・フィッツジェラルドの言葉だ。渋谷『INC COCKTAILS』のコースターに刻まれたフレーズは、まさにお店の信念を体現していた。

　宮益坂をのぼった先に位置し、地上にはドアしかないが、地下へ進むとカウンター8席、テーブル30席の広々とした空間が広がる。店内を満たすのは’60〜’70年代のジャズを中心としたアナログレコード。その音色とろうそくやヴィンテージランプの柔らかな光が調和して落ち着いた温度感をもたらしている。マネージャーの森岡賢二さんはアメリカやヨーロッパのオーセンティックバーを巡り、特にニューヨークの『Attaboy』やポートランドの『Ace Hotel』のバーに影響を受けたという。インテリアや設計を研究し取り入れたことで『INC COCKTAILS』もオーセンティックバー特有のキリッとした空気と都会的で開放的な雰囲気が備わっている。

　店はもともと神戸でスタートしたが、隣接店舗の火災で閉店を余儀なくされた。意気消沈しそうな出来事だが、オーナーと森岡さんは前に進むことを選んだ。「それを機に会社を立ち上げ、憧れていた〈アルテック〉のスピーカー612も導入しました」と振り返る。コースターの言葉通り、そこから再び歩みを進め、現在は東京に1店舗、大阪に3店舗を構えるまでに成長した。この言葉は会社全体の価値観として共有され、全店舗で同じコースターが使われている。

　さりげないエンボス加工の一文だが、店の歩みを知ると、そのメッセージは一層説得力を帯びていた。