Vol.7『ウイスキー奇譚集』

い扉を開けてくれるんです」
ベルギーの幻想文学作家ジャン・レイによる『ウイスキー奇譚集』は、ウイスキーが小道具となる世にも奇妙な物語を中心に編まれた短編集だ。中でもひときわ印象深い「わが友は死者」は、酒場でしっぽりウイスキーを傾けていた主人公が、ユリア・ドロセルバウムと名乗る男に、声をかけられる場面から幕を開ける。
ドロゼルバウムによれば、ドアのそばに佇む男はアルバーノン・クリューといい、今朝方、絞首刑にされたという。つまり、死者であると。確かに、クリューの首のまわりには「青いあざが首飾りのように点々と連なっていた」ものの、主人公は耳を疑うしかない。そんな主人公をさらに戸惑わせるかのように、ドロゼルバウムは付け加える。続いて入ってきた四人の男女も死者であると。
「失礼だが、あなたの言うことは信じられませんね」。主人公がごく真っ当に反応すると、ドロゼルバウムがたしなめるようにつぶやくのが、この言葉。ウイスキーで心身のこわばりをほぐせば、新たな世界への扉が開かれるというわけだ。その後、さらにさらに驚くべきことに、ドロゼルバウムは自身もまた死者であると告白する。
あまりの事態にたじろぎ、帰路に着くべく酒場を後にした主人公を、なおも追いかけてくるドロゼルバウムは、あろうことか主人公にも死者になることを求めてくる。「わたしはあなたが気に入ったんですよ……あなたが死んでいないとは、実に残念ですね!」。窮地に陥った主人公は、ドロゼルバウムにパンチを一発お見舞いしことなきを得るが、話はそこで終わらない。
酒場に戻った主人公は、まだ居残っていたクリューに話を聞くと、絞首刑にされてもなければ、死者でもなく、食料品屋を営んでいるというではないか。その後に入ってきた四人の男女にしても、小劇場の俳優らしい。一件落着してほっとひと息つく主人公に、一同がふるまってくれたのは、上等なウイスキー。かくして、立派な人士と図らずも知己を得て、「人間の頭脳にも心情にも有益な事柄」について談笑することとなった主人公は、「これほど楽しい夜の一刻を過ごしたことは一度もなかった」と締めくくる。その意味で、ウイスキーが新たなる世界への扉を開くというのは、あながち間違いじゃなかったわけだ。
8編の「ウイスキーのコント集」と11編の「霧の中での物語」が収録された短編集。著者のジャン・レイは、船乗りとして活動した後、小説家に転身した。幻想的な作風で知られ、その他の作品に『マルペルチュイ』『幽霊の書』などがある。